結局USENはライブドアを支援するだけではなく、飲み込みまでして、そして噛み砕いて消化しようとしている。
これからはどうなっていくかわからないが、ライブドアの主体性というものはなくなりそうだ。再生するには今として最適案かもしれないけど、ライブドアそのものの消滅には寂しさを感じるし、違和感もある。
平松社長の「もう一回上場会社の社長になりたい」という希望もライブドアと一緒に消滅してしまうだろうか。
やはりライブドアはライブドアで再生して欲しいと思う。
2004年6月~2009年6月の間に書いていたブログ(元はLivedoor Blogだった)の保存場所
0 件のコメント:
コメントを投稿