2006年4月6日木曜日

ワンセグにしました

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 今日携帯を変えた。ワンセグにした。ちょっと流行に乗ってみた。


 画像がきれいでびっくりした。これからはもっと技術の進歩を期待したいと思った。


 授業中テレビを見ないことを約束します!


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2006年4月5日水曜日

大学卒業&大学院入学

 今日は大学院の入学式だった。

 二週間前に、同じ場所で、半分くらい同じメンバーで、同じような式典をやったから、今日の入学式はさほど重要さを感じない。3月までと同じところで同じように勉強していくだから、入学という感覚はきわめて薄い。

 4年前には日本武道館での入学式だった。4年間はそれほど長くないだと今は思う。おそらくこれから大学院生としての2年間はもっと速いだろう。もしかしたら教養と専門が二年間ずつとなっていることで、区切りがあって、短く感じるかも知らない。

 4年前の入学式と比べて、総長の話はずいぶん分かりやすかった。工学部出身の小宮山総長の話は法学部出身の前総長の佐々木先生より断然論理的で分かりやすかった。これはおそらく思考回路の構造が違うからだと思う。理系の特徴的な整然とした論理思考と文系のロマンよりもリーダーたるものに適していると思った。

 どうでもいいけど、東大の場合は総長は「総長」と呼ぶけど、その副は「副学長」ということになっている。総長という言い方は昔いくつかの学校が合併して大学を作っていたから、その学長たちの長を総長と呼んでいたかららしいだけど、なぜその副は副学長と呼ぶのかはわからない。

 小宮山総長の任期が完了したら、おそらく文系の総長になるが、論理的思考の足りない前総長のような人がならないことは東大や日本のためではないかと思う。

 



2006年3月22日水曜日

プーチン少林寺訪問

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 中国訪問中のロシアのプーチン大統領は北京での中国指導部との会談を終え、今日河南省の少林寺を訪問した。


 少林寺を訪問したいというのは去年プーチン大統領が胡錦濤国家主席と会談するときに言い出したことだ。今日の訪問で、プーチンは少林寺の武僧の武術演習や少林寺の境内を見学したという。


 プーチンが柔道の5段を持っていて、格闘技に相当の関心がある。昔少林寺の武僧に自分の娘に武術を教えてもらっていたということも今回の訪問で明らかになった。


 石油パイプラインのことで合意に達成できなかったため、今回のプーチンの訪中は大きな成果をあげることができなかったが、大統領個人にとっては相当いい思い出になったのでしょう。


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2006年3月21日火曜日

日本WBC優勝 情け無いアメリカ

 野球の試合を最初から最後まで見たのは3年ぶりだ。前回見たのは確かに三年前の夏の甲子園の決勝だった。


 決勝は日本対キューバだ。


 日本は一度世界レベルの野球大会を実際に提案、企画していたのに、アメリカは自分の野球における支配的立場が崩れることを恐れて、それを拒否した。そして今度アメリカは自国主導のWBCを企画した。


 キューバは政治的な原因でアメリカと国交は無く、そして今回の大会でもアメリカは種々の理由で、キューバの入国を拒否していた。


 その日本とキューバが決勝で戦った。アメリカは最強なチームを作ったが、二次リーグで敗退した。情け無いとしか言いようが無い。これは誰でも思っていると思うが。


 アメリカの自動車産業も情けない状況に陥った。自分たちの経営面の問題を他国のせいにしている。


 牛肉問題も情け無いトラブルを起こしている。


 ブッシュ大統領の支持率も最低点に落ちてきた。イラクでもなさけなかった。本当にアメリカはイラクで欲しかったものを手に入れられるのか?それもまだに疑問である。


 やはり自分の力を過信してはいけない。それは今のアメリカが分からなければならないことであろう。


 でもやはりトップに立つ者は自分の力を過信しやすい。それはトップの運命かもしれない。それは自分がトップであることを認めた瞬間から起きるのだ。


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2006年3月16日木曜日

コマーシャルの時間が分かれば

 中国中央テレビ(CCTV)でコマーシャルを流すとき、後何秒で終わるかを表示してある。



 このやり方はコマーシャルを見せる目的に反しているように見える。確かに後何秒でコマーシャルが開けるかが分かれば、視聴者が安心してチャンネルを変えることができる。その間に流したコマーシャルは見てもらえない。



 しかし、開ける時間を表示せずに普通にコマーシャルを流したときの状況を考えてみよう。



 視聴者が何秒後にコマーシャルが終わるか分からないから、チャンネルを変えないこともあるだろうけど、多くの人はそれと関係なくチャンネルを変えるだろう。そうだとすれば、コマーシャルの開ける時間が分からないから、チャンネルを戻してきたとき、コマーシャルがもう終わってしまっているときもあるだろう。このような時では、コマーシャルはほとんど見られないことになる。



 このような状況を考えてみれば、後何秒で開けるかを示すことによって、少なくとも開ける直前のコマーシャルが見られる可能性が高くなるといえるかもしれない。実にコマーシャルをもっと見てもらうためのアイデアと言える。



 実際にCCTVがどのような目的でこれをやっているかはわからないが、視聴者にとって便利なことであることは間違いないであろう。



2006年3月15日水曜日

東大入試成績開示

 国立大学は今年から入試成績を本人に対して開示することになった。

 

 今日大学の情報開示センターに行って、入試成績の開示申請をしてきた。

 

 東大の場合は2002年度以降の入試成績に限っている。それよりも前の成績は入試科で保存されていないという。他のどこかで保存されているだろうけど。各科目の成績と、総合点を本人に開示する。合格しても不合格しても成績は見れる。

 

 申請するには本人だと証明できる保険証や運転免許書や外国人登録書があれば申請できる。申請するには300円かかり、実際の開示までは1ヶ月くらいの時間がかかる。これは申請書に書いた住所で本人確認をし、さらに大学に開示手続きをしなければならないからという。

 

 成績は写しを郵送か大学にとりに行くかでもらえる。友達がもらったのを見せてもらったら、一覧表みたいなもののコピーで、受験番号と名前と各科目の成績と総合点が書いているだけだった。

 

 国立大学も情報開示をしなければならなくなって、受験界にはある程度の影響が出るのではないかと考えられる。実際に受けた人の科目ごとの点数を知ることができれば、その大学の入試対策をもっとちゃんと立てられるに違いない。予備校はこの情報を最大限に利用するだろう。

 

 個人としては合格者よりも、不合格者が自分の成績を知ることの方にもっと意味があると思う。負けたときの負ける原因を知れることは、きわめて貴重なことだからだ。

 



2006年3月14日火曜日

中国の問題は人の管理にある

 今日日本の通常国会に相当する全人代(全国人民大会)全体会議が終わった。今日は全人代毎年定例の首相の記者会見が行われた。

 

 今年、温家宝首相がほとんどの時間を農村農民問題をはじめとする国内問題に使った。今までの政府が残してきた問題を解決する今の政府の使命だから、一番責任の思い政府ともいえよう。

 

 農村農民問題が中国の今最大な問題である。収入格差の拡大によって、社会が相当不安定な状況になってきていることも事実である。ところで、このような現状になったのは、s農村政策に問題があるというよりも、公務員の管理に大きな問題があるからと思う。

 

 政策が実行されない、政府からの金が農民の手には届かない、農民の声が政府に届かない。これは農村と農民の現状である。原因は政府と農民の間に大きな壁があるからである。

 

 その壁は現場からある程度のレベルまでの役人である。

 

 中国の公務員は汚職や資金の流用や無責任などの問題が目立つ。原因についてはいろいろな見方があるが、僕は法律がゆるいことと公務員の収入が低いことにあると思う。

 

 中国の公務員の仕事は決して楽ではないが、給料は高いとはいえない。公務員たちはどちからといえば生活するのにいっぱいいっぱいである人が多い。そこで、役人が握っている権力を睨んで、金を持っている人たちがその交換をしようと言い出す。

 

  このような誘惑が公務員にとってはきわめて多数ある。またばれても法律はあまいし、コネや金とかを使って裁判で刑を軽くしてもらうや、場合によっては無罪にしてもらうこともできたりするため、このような誘惑に乗ってしまう公務員が多い。

 

 これは中国の公務員の問題である。そして、中国のほとんどの社会問題の原因はここにあると思う。今一番目立っているのは農村農民問題だが、他の問題も大体同じだ。

 

 中国は昔からの人治国家。今までの歴代王朝は、(秦のような法治国家もあったが、)人治国家の治め方として、役人の管理と教育システムを作ることに莫大な力を入れてきた。それは科挙であり、科挙のいろいろな発展形である。

 

 今の中国は人治国家から法治国家への転身を望んでその努力をしている。この転換期にあるから、人治も法治も完璧にできていない。その両方をなるべくうまく融合させて国を治めようとしているが、やはり問題はたくさん出てきた。

 

 どっちをとるべきかの問題ではないと思う。法治は当然優れているだろうと言っても、歴史によって気づいてきた文化は変えられるものではない、人治は不可欠だ。その両者の間の最適解はきっとあるはずだから、それを速く見つけなければならない。