2004年9月8日水曜日

牛丼復活の日近い?(9月7日に書くつもりだった)

吉ブー

牛丼復活の日が見えてきたようなニュースがあった。牛丼ファンの僕にしてはかなりうれしいニュースだ。

牛丼のない日では豚丼(ぶたどん)、豚めし、豚丼(とんどん)(全部大手チェーン店の商品名)にも慣れてきて、最近吉野家の吉ブー(写真)をもらった。もちろん4杯食べて交換したものだけど。



この牛丼のない日々に各店の代わりに出しているものを食べて、正直吉野家のはイマイチだった。そう人気があるわけでもない上、価格は割高。これじゃ勝てないね。阿部社長もかなり苦しかったでしょう。このニュースは相当うれしいでしょう。そもそも牛丼一本で行くと決めた吉野家は牛丼が無くなるなんて想像もしなかっただろう。松屋をみて焦っただろう。なんといっても松屋では新しいものを出すのが自然だから。何の抵抗もない、体制も最初から整っている。比べると吉野家はかなり追い込まれたように見える。ちょっとかわいそうにも見えた。ちょっとばかばかしいかもしれないけど、吉野家をみて、Windowsがもし無くなったときのマイクロソフト、旅客機がもし無くなったときのJAL、学生がもしいなくなったときの東京大学を想像してみた。これは杞憂かな?



吉野家について色々言ってはいるが、牛丼ファンとして応援したい。どうぞ大手牛丼チェーンはみんなもっといい会社になるように。そして、牛丼早く復活できるように祈ります。

2004年9月6日月曜日

東大生

「東大生が書いたやさしい株の教科書」を土日で読んだ。結構面白かった。そして株についてちょっとわかる気になってきた。少なくともチャートは読めるようになった。分析も簡単なのができるようになった。後は実践しながらもっと詳しい勉強をするのだ。とは言っても今のところ株に投資するつもりはない。金がないから。

 東大生が頭いいというのは本当だ。なんだかんだ言っても東大生は東大生だ。ただ東大生は東京大学という組織の中で、ほんの少ししか力を発揮できずに卒業してしまう場合が多い。そしてこのような東大生は、またIBMのような力を十分に発揮できない大企業に入ってしまう。

 もったいないことだ。 

東大というブランドとそのブランドのもとで作られた組織は、東大生を安心させる。だから、なにも考えずにただ東大にいるだけの学生が多く出てくる。東大生にはパワーがある、しかし、安心している東大生たちは、そのパワーを使おうとしない。なぜなら、東大という組織、そしてその組織から卒業した後の日本社会という組織は、東大生がいつでも安心できるような仕組みを作っている。東大生を東大生だからという理由で受け入れ、それほど力を発揮しなくても満足できるくらいの給料を東大生にくれる。そして東大生も安心して、自分の本当の力を殺して、小さいな仕事をする。

 実はほかの有名大学も同じ。責任を大学側や学歴社会だけに帰着してはいけない。

 日本の企業にも問題がある。そしてむしろ主な責任は実は企業側にあると思う。特にいわゆる大企業に。

 日本の企業とアメリカの企業の違いと言えば、一番挙げたいのは教育である。これは周知の事実だと思う。日本企業は新入社員を同じように教育し、理想の新入社員を作る。そして、その理想像に従って、新入社員に仕事を振る。これは、すでにできあがったシステムである。そうすれば、どんなに個性的、能力のある社員でも、最初はほかの新入社員と同じ教育を受けさせられる。そして同じように見られ、同じくらいしか期待されない。同じ仕事しかやらせてくれない。たとえ本当に能力があるとしても、このすでにできあがってしまったシステムを無視して、大きな仕事を任せることをしない。このシステムでは、個個人の能力を見ていない。どんな人が入ってきても、社内教育をちゃんと受けるくらいの学力があれば、問題ないわけだ。

 アメリカの企業は、社員向けの教育の参加は個人の自由である。企業側が要求する能力があれば、参加しなくてもいい。むしろ最初から能力のある人を即戦力として入れたい。企業が見ているのは個人の能力、能力があると認められた人には、たとえ若くても、大きな仕事を任される。

 両方の企業とも大学名をそんなに意識しない。ただ、その意味は違う。アメリカ企業は、どこの大学からでたか関係なく、その人の能力を見て判断するから、出身大学はそれほど重要ではない。しかし、日本企業は、どこの大学を出ても、入社したら教育し直すから、社内教育を受けられるくらいの学力があればいい。それ以上は期待しないし、必要ない。

 ではどうせい期待していなかったら、なぜ日本の大企業は東大などの有名大学の学生を取りたいのか?これも明白なことで、有名大学の学生たちは不安定の高い給料よりも安定を求め大企業を希望する場合が多い。企業側としては、よりよく社員教育を受けられる学生を取りたいから、自然に「勉強のプロ」である有名大学の学生を取ることになる。このように両方と望んでいることだから、自然に成立する。

 結局日本の大企業いい学生をたくさん集めるが、能力にふさわしい仕事を与えない。学生も自分の本当の能力を犠牲にして、安定した生活を選ぶ。

 社会にとっては、これは人材の無駄遣いであろう。

2004年9月5日日曜日

IBMでのインターンシップ

今日はインターンの報告をちょっと書く。今は日本IBMでインターンしてる。全部四週間で、明日からは最後の一週間の始まりだ。

インターンではあるが、名前がIBMビジネスカレッジという日経新聞社とIBMが共催するスクールみたいなものだ。最初の一週間はファンダメンタルセッションという名の研修で、その後の三週間はプラクティカルセッションといういわゆる普通の仕事体験だ。

セッションは毎日テーマがあって、全員の54人の参加者を8チームに分けて、用意されたプログラムにしたがって色々そのテーマについて考えて、発表資料を手書きで作成、それを発表する。テーマは「自分の強みと弱み」など個人について考えるものと「チームの戦略を練る」のようなチームとして考えるものがあって、全体的にはちょっとコーチング的な要素入りのビジネスマン養成の基礎講座の感じだった。そしてもう一つ重要な特徴としては、当たり前ではあるが、インターン生の54人をIBM色に染めるような内容だった。

 こういう系のインターンをままごとインターンと呼んでいる人がいる。それも確かにそうで、あまりこういうものが実践でとても役立つとは思えない。ただ心構えができるくらいの効果は恐らくあると思う。でもどっちにしても、集まった54人の実力を考えると、ちょっとままごとと言っても良かったかも。みんなももっと本気でやれるくらいのレベルのものを期待していたのではないかな?



研修のファンダメンタルセッションと体験のプラクティカルセッション以外にに、もう一つ内容として、一日一時間使って、54全員で何か形のあるものを作り上げるプロジェクトがあった。これもまたおもしろい話で、54人という膨大な組織を一つのプロジェクトチームにして、仕事をすることが、まずコミュニケーションの面と意志統一の面からしてほぼ無理の話で、さらに要求として「みんなの意見を尊重して、一人の脱落者なく」を付け加えると、とても難しいことになってしまう。セッションでやっていることとこのプロジェクトの差が、まじめに考えると、ちょっと大きすぎたかも。実際に始めてみて、その大変さが現れてきた。プロジェクトマネージャーはみんなの意見をまとめようとするが、結局意見がまとまらなく、時間だけがすぎてしまう。それもそのはず、あまりにもみんなの意見を聞こうとしたから、みんな自由に意見をいい、結論を出すのがますます難しくなっていく。

 みんなの意見を聞くべきではないと思わないが、こういうとき、原案をまず作って、それについてみんなが議論した方が仕事の進め方としていい気がする。最初のアイディアはみんなにブレストで出してもらうが、そのあとそれをまとめて、絞って、みんなの意見に従って一つを選んで原案を作ることはみんなの話し合いでやるべきではないと思う。だれかがやって、具体案としてそれをみんな提示して、意見を求めるべきだと思う。今回は実際にすべての部分をみんなで決めようとしたから、なかなか進まなかった。

 みんな意見を尊重することは、みんなの意見を最終的な結論の盛り込むことではない。一つのものを作ることが目標である以上、みんなそれぞれの違う視点と考えを取捨選択しなければならない。

 問題はたくさんあるけど、今回のプロジェクトは割とうまくいっている。それは実際に取ったやり方は途中から現実的なものになったからだ。みんなが自由に全体の場で意見をいうのではなく、まずグループに分けて、その中で意見をいい、そしてグループの意見を一つまとめて、代表としてグループのリーダーがそれをみんなに発表する。そして各グループの意見をまた取捨選択して、全体として一つの結論を出す。みんなの意見を全部盛り込むという幻想を捨てて、意見を出し合って支持が得られる意見を選ぶというとても現実的で効率のいいやり方を取ったから、最終的にうまくいった。いい考えを持っても、それを主張によってみんなを納得させなければならない。主張が最終的に全体の案として採用されなければ、主張の意味がなくなる。甘く考えてならないのはビジネスの世界だから、このやり方はその意味で最適かもしれない。

時間がなくほとんどミーティングなどに参加していない僕から見て、本当にリーダーをはじめとしてみんなよく頑張っている。やはりIBCに集まったメンバーたちはみんなすごい。そしてまたかもIBCはこんなすばらしいインターン生にもっと価値のあるものを提供すべきだと思う。

2004年8月5日木曜日

IBM最終面談

昨日はIBMのインターンの最終面談だった。最終面接というものだけど、もうすでに決まったはずだと読んでいた。そしてその読みがあたっていたことが後で分かった。

面談の場所はこれからインターンをやる箱崎事業所だった。茅場町駅から降りて、ちょっと歩いたらIBMのでかいビルが見えた。

二三十階もあるビルの一番上に「IBM」のマークがあったやっぱ「大組織」だなぁと思った。そして実際にビルの下まで来ると、なんか違和感を感じた。「もしかして俺は大組織には合わない?」と一瞬思った。その違和感を抱えたままビルに入り、受付に行った。名前と用件を言ったら、受付の人が「知らないよ」のような顔をして予約リストを僕に見せて、「この中にありますか」と聞かれた。「ないです。」「じゃ招待状がありますか?」「ないです。」この時点でちょっとヤバイと思った。次は担当者の名前聞かれるだろう。それははっきりと覚えてない。受付行けば大丈夫だと思っていた。そしてIBMの一事業所はこんなにもでかい規模だとも思わなかった。そしてやっぱ聞かれた、「担当者の名前は?」「すみません、はっきりと覚えていないです、**のような名前ですが、確かではないです」「ちょっと調べますので、おかけになってお待ちください」といわれた。座って待つ。そのまま20分経っても「この名前の人がいないですけど」と言われる。僕の言った名前も確かじゃないから見つからないのも分かるし、自分のせいで受付の人に迷惑を掛けたのも申し訳なく思うけど、何でインターンに関する情報は20分調べても出てこないのかと心の中で疑問を持った。そして勝手に「大企業」という言葉にその答えを収束させた。ちょっとした思い込みかもしれないけど。

このとき担当の方が受付に来た。助かった。それでやっと入管手続きが済ませた。

面談はその担当者との一対一だった。自己紹介を先にしてくれた。やっぱ僕の覚えたいた名前は間違っていた。経歴を簡単に聞かせてもらった。技術者から今管理者になった方だ。今は部下13人の部署の担当だ。その部署はやはり技術サポートの部署だ。その仕事内容(僕のインターンの内容でもあるけど)は簡単に言うとjavaのパッケージを作って、お客さんや他の部門に使ってもらうことだ。バリバリの技術系で、バリバリプログラムを書くらしい。

そして僕の自己紹介だった。やっぱ学科とコースにすごく興味を持って、聞いてきた。その説明をひたすらしたら、「技術系の仕事と経営系の仕事どっちをよりしたいと思いますか?」と聞かれた。そうすると、「もしIBMに入ったら、技術系の人間として入ったとすれば、経営みたいな仕事をするまでは10年から15年くらいかかります」といってくれた。なるほど、技術者が管理者になるまでこんなにかかるのだ、待ってられないなぁと思った。そして話はそのまま、「もし最初からマーケティングとは経営っぽいの仕事からはじめるとしたら、それはそれでずっと経営系の仕事をして、技術には触れないですね。後技術系で入ってその後マーケティングとかの方に行くのも出来ます。」

「やっぱだめだ、こんな大組織はちょっと僕の考えとは合わないんだ、少なくともここは」とついに思ってしまった。逆にこの時点でインターンに対してすごく興味わいてきた。自分に合わないかもしれない大組織で、自分の第一志望ではないjavaプログラムを書く仕事をする。これはこれから自分のしないかもしれない仕事を体験することになるから、「貴重」ともいえる経験になりそうだ。



ちなみに今日メールが来た。予想通りの合格だった。

2004年7月29日木曜日

大使館に行ってきた

今朝中国大使館領事部に行って来た。パスポートの期限がそろそろ切れるので、その延期の手続きをしにいった。

中国の政府機関の窓口サービスには昔、職員の態度が悪い、処理スピードが遅いという評判が国内にあった。この点と在日中国人の絶対数が多いから、大使館に色々な手続きをしにいく人がたくさんいるだろうとの予想で、おそらく時間かかるだろうと思っていた。そのため、サービス開始20分前の8時40分に大使館領事部に着いた。



やっぱ予想通り短くない列がすでに出来ていた。意外と日本人と他の国の外国人がたくさんいた。並んでいる間にも続々と人が来て、9時直前になるともうすでに長蛇な列になっていた。

��時になって、列がかなりのスピードで建物の中に入っていく、ちょっと以外だった。実際に入ったら、入り口で分かりやすく各階の手続き内容の案内があった、しかも中国人向けの内容は中国語で、中国人以外向けのは日本語と英語で書いてあった。

指示通り三階に上がる。最初目に入ったのはテレビで流している建国50周年の天安門広場での記念軍事パレードの映像だ。かなり愛国心が上がってきた。しかし同時に、この映像は日本人や他の外国人の目にはどう映っているだろうと気になった。周りを見ると、そのテレビを見ている人がほとんどいなかった。気づいてないのか、それともリアクションに困るから見てないのか?

申請書を取ってを記入する。入国管理局の複雑なものに対して、やっぱ自国の大使館の申請書はシンプル。書いて窓口へ。全部三つあった。もちろん列は三つ。面白いのは、窓口は国籍別で分けていなく、三つともその階でやる全サービスを受け付ける。三人の職員とも中国語、日本語、英語を自由に使いこなしているようだ。「格好いいなぁ」と思った。さらに驚いたのはその処理スピードの速さだ。書類がそろえた人の場合は書類を確認して、受付書を渡して終わり。そろってない人の場合は足りないものを教えて終わり。列がどんどん前に進む。僕は書類全部そろえたから、1分くらいで手続き終わった。

建物から出たのは9時7分だった。相当すばらしい効率だと感心した。さすが日本にある大使館だから、サービスも日本並みにいい。国内の窓口サービスもこんなに良くなったら全国でどれだけ生産性がアップするだろう。いいものをどんどん吸収すべきだ。今までは民間がその努力をしてきたから、今度は政府機関もすべきだ。早くサービス型政府に移行してほしい。

インターンオリエンテーション

昨日(毎回Blogつけるのが当日に間に合わないけど)(株)ディスコのインターンのオリエンテーションだった。朝十時から午後五時までのハードなカリキュラムだった。午前中は会社説明と役員の講演で、午後はインターンの全体的な説明と見学と部門担当者との打ち合わせだった。



最初は人事部の社員さんが会社について簡単に紹介してくれた。驚いたのは半導体の加工機械のマーケットの世界シェアの70から80パーセントをディスコが取っていることだ。しかも半導体の大規模生産をする企業はほとんどディスコの顧客だ。つまりわれわれが使っている電気製品にある半導体のチップの70から80パーセント、あるいはそれ以上はディスコの機械で加工されたものだ。にもかかわらずディスコについて知っている人がとても少ない。やはりBtoBのビジネスをやっている企業はなかなか世間一般に知られにくいようだ。

役員講演は面接のときの面接官の人だった。後でその人は常務取締役PRカンパニープレジデント(会社のNo.4)であることが分かった。役員にして結構若い人だった(40代?)。まず機械メーカーであるディスコのKiru,Kezuru,Migakuの技術を紹介してくれて、その後会社の価値観について話してくれた。内容からして結構いい講演だったけど、長すぎてて(1時間半)、プラス僕の前の夜の寝不足で、寝てしまいそうなときが何回もあった。しかも一列目に座っていたから、かなり悪いイメージを与えてしまっただろう。

午後書類を書いて、そして実際に機械で半導体の(学科の友達がこの前割ってしまったのと同じ)ウェハーをKezuruとKiruの様子を見学させてくれた。といっても学校のプロジェクトのように、機械が実際に加工している様子は見えなかった。イメージだけつかめた。現場で説明してくれる技術者の一人が中国人だった。(僕自身も人事のようにはいえないけど、)その人の日本語は結構典型的な中国人訛りの日本語だった。そのまじめで一生懸命な感じに結構親しさを感じた。周りのインターン生にかなり技術に詳しい人が何人かいて、割と専門性のある技術的な質問をした。まったく分からない内容ではなかったけど、自分はやっぱり文系寄りだなぁと実感した瞬間だった。

見学の後は部門の責任者との打ち合わせだった。打ち合わせの場所は社屋7階にある社員さん用のカフェテリアだった。窓ガラス越しで羽田空港の滑走路が見えていた。担当者は今の大学生のことについてほとんど分からない方だった。でもやさしくて僕たちのために色々考えてくれる人だった。ちなみに希望により配属された部署は海外技術サポート部だった。同じ部署には後女の子一人が配属された。実際に仕事場を見に行ったら中国人の社員さんが結構いた。雰囲気的には外国人も働きやすい会社なようだ。まあ、実際に働いてみないと本当にそうなのかどうかは分からないけど。

全部終わったのは午後五時だった。

2004年7月27日火曜日

インターンシップおよび夏休み

昨日で夏休みのインターンの日程はほとんど決まった。一応以下の通り:

8月9日(月)から13日(金)まで 株式会社ディスコ

8月16日(月)から9月11日(土)まで IBMビジネスファンダメンタル講座

9月13日(月)から29日(水)まで 株式会社ビービット

夏休みはほとんどインターンで埋まられてしまった。ちなみにこれからの二週間は毎日バイト(家庭教師)もあって、僕がCIOをやってる学生団体VIPSの仕事もあって、この夏は大学に行くより忙しくなるのは確実なようだ。



インターンに対しては、すごく積極的だった。でも別に必死にインターンをしたかったわけでもない。夏休みも余暇のあるのがほしかった。もともとインターンより、インターンの面接を受けてみたいのが本当の思いだった。今まで立ったことのない戦場に立ってみたかった。そしてその戦場で燃えてみたかった。今になって、勝ち負けの結果を見てみると、燃えた戦闘は全部勝ったわけでもなかった、燃えてなかったのも全部負けたわけじゃなかった。すべての戦闘は同じ判断基準で判定を下しているのではないとわかった。そして、自分は、少なくとも今の自分はどんなのに向いているのはちょっとわかったような気がした。PSIに入ってから、本当は負けた戦闘の判断基準で勝てるような人間になりたかった。でもそれはまだまだ達成できていない目標だとはっきりと分かった。これでこれから今まで以上に頑張れる元気が心から沸いてきた。

まずこの夏頑張ろう。21年間生きていて、経験したことのない夏になるに違いないから、これこそ成長の絶好なチャンスだ。二ヶ月後もう一回自分をしっかりと見つめれば、もう一回り成長できただろう。

これを読んでくれている人がもしいれば、よかったら応援してください。